大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成6年(ワ)10758号 判決 1997年5月30日

原告

由井由春

右訴訟代理人弁護士

中川秀三

勝井映子

被告

青空交通株式会社

右代表者代表取締役

古知愛一郎

右訴訟代理人弁護士

田邉満

主文

一  被告は、原告に対し、一万九七六〇円及びこれに対する平成六年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、社会保険庁(今里社会保険事務所長)に対して、原告についての健康保険被保険者標準報酬月額を平成三年一一月一日から四一万円と訂正する旨の届出をせよ。

2  原告と被告との間で原告が被告との雇用契約上の地位を有することを確認する。

3  被告は、原告に対し、原告を被保険者とする雇用契約継続に伴う社会保険加入手続をせよ。

4  被告は、原告に対し、四一八万七二五四円及びこれに対する平成六年一一月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

6  右第4項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告(昭和八年九月四日生)は、平成三年一〇月二二日、タクシー会社である被告にタクシー乗務員として雇用された。

2  被告は、原告に対し、平成五年八月三〇日付け書面により、平成五年九月三日をもって原告が満六〇歳に達するとして、就業規則を理由に解雇通知をした。原告は、被告への入社時に右就業規則が存在することを知らされておらず、右解雇は無効である。

3(一)  健康保険法では、傷病手当金の額は、標準報酬に応じて決定され(同法四五条)、標準報酬は、報酬によって決定される(同法三条)ところ、右報酬の定義(同法二条)によれば、報酬には臨時に支給されるもの及び三か月を超える期間毎に支給されるものは含まれないとされている。

(二)  原告の平成三年一一月の報酬は、当事者間において争いのない二八万五四三二円のみではなく、これに一二万八四四四円を合計した四一万三八七六円である。

なぜならば、右一二万八四四四円は、毎月支払われるものであって、三か月を超える期間毎に支給されるものではなく、報酬に該当するからである。

(三)  ところが、被告は、二八万五四三二円のみが原告の報酬である旨主張して、今里社会保険事務所に対する原告の標準報酬月額の届出額を二八万円とした。

(四)  原告は、平成四年三月九日から平成六年一一月二六日まで、健康保険傷病手当金を受けたが、健康保険法四五条によれば、その間標準報酬月額の一〇〇分の六〇相当額の傷病手当金を受領できるものとされている。

ところが、前記のとおり、被告は、故意に原告の標準報酬月額を一三万円低く届け出たため、原告は月額一三万円の六割、すなわち、一日当たり二六〇〇円、右期間で合計二五六万八八〇〇円少ない額しか傷病手当金を受領できなかった。

4  被告は、平成三年一一月二八日、被告の課長である訴外亀井英海(以下「亀井」という)をして、原告名義の虚偽の借用書を作成させ、原告の給与から貸付金名下に一万九七六〇円を差し引いた。

5(一)  被告は、平成三年一二月一〇日、亀井をして、原告の給与から一一万五〇〇〇円を差し引かせ、原告に同額の損害を与えた。

(二)  被告は、平成四年一一月ころ、亀井をして、原告名義の虚偽の委任状を作成させ、今里社会保険事務所より原告に対して支給されるべき同月一四日付け健康保険傷病手当金一七万三五三八円の交付を受けて被告の利得となして、原告に同額の損害を与えた。

(三)  被告は、原告の平成四年一月ないし三月分の給与について、亀井をして、被告には、労働組合が存在しないのに組合費名下に月額一八〇〇円、合計五四〇〇円を右給与から差し引かせ、原告に同額の損害を与えた。

(四)  原告は、被告に入社するに際し、給与は水揚げの六〇パーセントであると説明を受けたにもかかわらず、実際の水揚げと支給された給与との差額は、別紙(1)記載のとおりで、合計二六万一九四二円の損害を被った。

(五)  原告は、被告の指示により、平成三年一〇月二二日から同月二四日まで三日間大阪タクシー近代化センターへ赴き、タクシー乗務員になるための講習を受けたので、別紙(2)記載のとおり日当相当額四万二八一四円の損害を受けた。

6  原告は、被告の右不法行為によって、多大の精神的苦痛を被った。右苦痛を慰謝するに足りる額は、一〇〇万円を下らない。

7  よって、原告は、被告に対し、

(一) 雇用契約に基づき、

(1) 社会保険庁(今里社会保険事務所長)に対して、原告についての健康保険被保険者標準報酬月額を平成三年一一月一日から四一万円と訂正する旨の届出をすること

(2) 原告が被告との雇用契約上の地位を有することの確認

(3) 原告を被保険者とする雇用契約継続に伴う社会保険加入手続をすること

(4) 未払賃金一万九七六〇円の支払及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年一一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、

を、

(二) 不法行為による損害賠償請求権に基づき、

(1) 傷病手当金差額相当損害金二五六万八八〇〇円

(2) 損害金一一万五〇〇〇円

(3) 損害金一七万三五三八円

(4) 損害金五四〇〇円

(5) 給与差額相当損害金合計二六万一九四二円

(6) 日当相当損害金四万二八一四円

(7) 慰謝料一〇〇万円

以上合計四一六万七四九四円の支払及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年一一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、

求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1について

原告が、平成三年一〇月、タクシー会社である被告にタクシー乗務員として雇用されたことは認める。但し、その入社日は、平成三年一〇月二二日ではない。

2  同2について

否認する。

被告は、原告に対し、平成五年九月三日をもって原告が満六〇歳になり、定年退職となる旨の通知をしたものである。

3  同3について

原告の平成三年一一月の報酬が少なくとも二八万五四三二円であったこと、被告が、今里社会保険事務所に対する原告の標準報酬月額の届出額を二八万円としたことは認め、その余は否認する。

4  同4について

被告が、平成三年一一月二八日、原告の給与から貸付金として一万九七六〇円を差し引いたことは認め、その余は、否認する。

5(一)  同5(一)について

否認する。被告は、平成三年一二月一〇日、原告の給与でなく、賞与から一一万五〇〇〇円を差し引いたが、これは、原告の希望により、同年一一月二八日に賞与見込額の一部の一一万五〇〇〇円を原告に対し前貸ししていたことから、精算したものであって、調整的相殺として、賃金全額払の原則による相殺禁止の例外として許容される。

(二)  同5(二)について

被告が、原告から委任状を受け取り、今里社会保険事務所から健康保険傷病手当金一七万三五三八円の交付を受けたことは認め、その余は、否認する。

原告は、平成四年四月から病休し、健康保険傷病手当金を受領していたが、被告において、原告が負担すべき健康保険料、厚生年金などを立て替え払いしていた。被告は、平成四年一〇月八日、原告から委任状を貰い、今里社会保険事務所から健康保険傷病手当金一七万三五三八円の振り込みを受けて、立替金を精算し、残金五万〇〇八六円を原告に返金した。

(三)  同5(三)について

被告が、原告の平成四年一月ないし三月分の給与について、月額一八〇〇円、合計五四〇〇円を給与から差し引いたことは認め、その余は、否認する。原告が、平成四年一月より従業員の過半数を代表し事実上の労働組合である青空交通親睦会(以下「親睦会」という)に加入したので、被告は、書面化されたチェック・オフ協定に従い、労働基準法二四条一項但書に基づき、原告の平成四年一月ないし三月分の給与について、親睦会費月額一八〇〇円、合計五四〇〇円を右給与から差し引き、親睦会に納入した。

(四)  同5(四)について

否認する。

被告と親睦会との間で平成三年三月二一日に締結した賃金協定があるので、被告は、原告が入社するに際し、この協定に従った賃金の説明をしている。

(五)  同5(五)について

原告が、大阪タクシー近代化センターでタクシー乗務員になるための講習を受けたことは認め、その余は否認する。被告は、原告を平成三年一〇月二四日から雇用したのであって、右講習について日当を払う理由がない。

6  同6について

否認する。

三  抗弁

原告は、平成五年九月三日をもって、就業規則三七条に定める定年の満六〇歳に達したので、定年退職した。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1(雇用契約)について

原告が、平成三年一〇月、タクシー会社である被告にタクシー乗務員として雇用されたことは、当事者間に争いがない。

二  請求原因2及び抗弁(解雇ないし退職)について

(書証略)の原告の氏名が原告の自署によるものであることは、当事者間に争いがないので、真正に成立したものと推定すべき(書証略)(就業規則)及び被告代表者本人によれば、原告は、入社時に賃金等説明を受け、満六〇歳定年制を定める就業規則について確認したことが認められるところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、平成五年九月三日に右就業規則三七条に定める定年の満六〇歳に達したものと認められるので、原告は、同日をもって被告を定年退職したものと認められる。

よって、原告が、被告に対し、被告との原告が雇用契約上の地位を有することの確認及び原告を被保険者とする雇用契約継続に伴う社会保険加入手続をすることを求める請求は、いずれも理由がない。

三  請求原因3(健康保険法上の報酬)について

健康保険法では、傷病手当金の額は、標準報酬に応じて決定され(同法四五条)、標準報酬は、報酬によって決定される(同法三条)ところ、右報酬の定義(同法二条)によれば、報酬には臨時に支給されるもの及び三か月を超える期間毎に支給されるものは含まれないとされている。

原告の平成三年一一月の報酬が少なくとも二八万五四三二円であったこと、被告が、今里社会保険事務所に対する原告の標準報酬月額の届出額を二八万円としたことは、当事者間に争いがない。

原告は、原告の平成三年一一月の報酬は、右二八万五四三二円のみではなく、これに一二万八四四四円を合計した四一万三八七六円であった旨主張するので検討する。

右当事者間に争いのない事実、証拠(書証略(但し、後記採用しない部分を除く)、前記二のとおり真正に成立したものと推定すべき書証略、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  被告におけるタクシー乗務員の賃金は、月例給与と賞与に分かれており、被告と親睦会との間で締結された月例給与を定める賃金協定と、賞与及び退職金等を定める協定に基づき支払われ、月例給与は時間給と歩合給からなり、賞与は営業収入に応じた歩合給で、毎年七月と一二月の年二回、割り当て日数を八〇パーセント以上消化し、月間営業収入が一定額以上に達したものについて支給される。

2  被告には、希望する乗務員に対し、賞与見込額の一部を毎月貸付金として供与し、賞与支給時において精算する制度がある。被告は、乗務員が入社するに当たり右制度を説明しており、全乗務員が希望して右貸付を受けている。

3  被告は、乗務員に対し右月例給与と貸付金とを別々の封筒に入れて渡している。

4  原告の平成三年一一月の月例給与は、二八万五四三二円であり、原告の賞与見込額一二万八四四四円のうち一一万五〇〇〇円が貸付金として原告に交付された。

(なお、被告作成として提出された(書証略)(封筒)のうちの表書の平成三年一一月分という旨の記載部分については、原告本人によれば、被告が記入したものではなく、原告が記入したものであることが認められ、被告が作成したものと認めることができないので採用できない)

右認定事実によれば、一二万八四四四円は賞与見込額であって、そのうち一一万五〇〇〇円が貸付金として原告に対し、貸与されているものと認められる。

したがって、原告の主張する一二万八四四四円は報酬に該当するものとはいうことができないので、その余の点について検討するまでもなく、原告が、被告に対し、雇用契約に基づき、社会保険庁(今里社会保険事務所長)に対して、原告についての健康保険被保険者標準報酬月額を平成三年一一月一日から四一万円と訂正する旨の届出、及び、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、傷病手当金差額相当損害金二五六万八八〇〇円の支払いを求める請求は、理由がない。

四  同4について

被告が、平成三年一一月二八日、原告の給与から貸付金として一万九七六〇円を差し引いたことは当事者間に争いがなく、かかる貸付金の控除は、賃金全額払の原則に反し、許されないというべきである。

よって、原告が、被告に対し、雇用契約に基づき右未払賃金一万九七六〇円の支払を求める請求は理由がある。

五  同5(一)について

前記三認定事実及び被告代表者によれば、被告は、平成三年一二月一〇日、原告の給与でなく、賞与から一一万五〇〇〇円を差し引いたが、これは、原告の希望により同年一一月二八日に賞与見込額の一部一一万五〇〇〇円を前貸ししていたことから、精算したものであって、調整的相殺として、賃金全額払の原則による相殺禁止の例外として許容されるものと認められる。

よって、原告が、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、一一万五〇〇〇円の支払いを求める請求は理由がない。

六  同5(二)について

被告が、原告から委任状を受け取り、今里社会保険事務所から健康保険傷病手当金一七万三五三八円の交付を受けたことは、当事者間に争いがない。

(書証略)の原告の氏名が原告の自署によるものであることは、当事者間に争いがないので、真正に成立したものと推定すべき(書証略)、原告本人及び被告代表者によれば、原告は、平成四年四月ころから病休し、健康保険傷病手当金を受領していたが、被告において、原告が負担すべき健康保険料、厚生年金などを立替払いしていたこと、被告は、平成四年一〇月八日、原告から委任状を受け取り、今里社会保険事務所から健康保険傷病手当金一七万三五三八円の振り込みを受けて、右立替金を精算し、残金五万〇〇八六円を原告に返金したことを認めることができる。

したがって、被告が右傷病手当金の交付を受けたことは違法とはいえないので、原告が、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、一七万三五三八円の支払いを求める請求は理由がない。

七  同5(三)について

被告が、原告の平成四年一月ないし三月分の給与について、月額一八〇〇円、合計五四〇〇円を給与から差し引いたことは、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実、(書証略)被告代表者及び弁論の全趣旨によれば、原告が、平成四年一月より従業員の過半数を代表し事実上の労働組合である親睦会に加入したので、被告は、書面化されたチェック・オフ協定に従い、労働基準法二四条一項但書に基づき、原告の平成四年一ないし三月分の給与について、親睦会費月額一八〇〇円、合計五四〇〇円を右給与から差し引き、親睦会に納入したことを認めることができる。

したがって、被告が右五四〇〇円を原告の給与から差し引いたことは違法とはいえないので、原告が、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、五四〇〇円の支払いを求める請求は理由がない。

八  同5(四)について

原告は、被告に入社するに際し、給与は水揚げの六〇パーセントであると説明を受けた旨主張し、原告本人は、これに沿う。

しかも、(書証略)(就業規則)、(書証略)(協定書)によれば、被告においては、親睦会との間に、平成三年三月二一日、時間給と歩合給の二本立てを中心に給与を計算する賃金協定を締結しており、(書証略)被告代表者によれば、原告は、入社時に賃金等について説明を受け、また、就業規則及び社内諸規定等について確認をしたことが認められ、原告本人の供述はにわかに信用することができない。

よって、原告が、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき給与差額相当損害金合計二六万一九四二円の支払を求める請求は、理由がない。

九  同5(五)について

原告が、大阪タクシー近代化センターでタクシー乗務員になるための講習を受けたことは、当事者間に争いがない。(書証略)(修業書)によれば、原告は、平成三年一〇月二二日、大阪タクシー近代化センターで二日間の研修過程を修業したこと、(書証略)によれば、被告は、原告を平成三年一〇月二四日から雇用したことが認められることから、被告において、右講習について日当を払うべき理由はないものと認められる。

よって、原告が、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、日当相当損害金四万二八一四円の支払いを求める請求は、理由がない。

十  同6(慰謝料)について

確かに、前記四のとおり、被告が原告の給与から貸付金を差し引いたことが、賃料全額払いの原則に反することが認められるが、原告本人及び被告代表者並びに弁論の全趣旨によれば、差引金額が少額で、貸付金の存在が認められることから、慰謝料の請求を認めるに足る違法性が存するとは認めることができない。

よって、原告が、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料一〇〇万円の支払を求める請求は、理由がない。

十一  以上によれば、原告の請求は、原告が被告に対して、雇用契約に基づき、未払賃金一万九七六〇円の支払及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年一一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分に限り理由があるから、これを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却する。

(裁判官 西﨑健児)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例